神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)1793号 判決 1989年8月09日
主文
一、被告は、原告に対し、別紙物件目録二、(一)ないし(四)記載の各建物を明渡し、かつ、平成元年四月一四日から右明渡済に至るまで一か月金六五万九〇〇〇円の割合による金員を支払え。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は被告の負担とする。
四、この判決は、主文第一項中金員の支払を命ずる部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1. 被告は、原告に対し、別紙物件目録二、(一)ないし(四)記載の各建物を明渡し、かつ、昭和五九年八月一日から右明渡済に至るまで一か月金六五万九〇〇〇円の割合による金員を支払え。
2. 主文第三項と同旨
3. 仮執行宣言
二、請求の趣旨に対する答弁
1. 原告の請求を棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. 原告は、別紙物件目録二、(一)ないし(四)記載の各建物(以下それぞれ「本件(一)ないし(四)物件」といい、これらを合せて「本件占有物件」ともいう。)を所有している。
2. 被告は、昭和五九年七月二五日ころから本件占有物件を占有している。
3. 本件占有物件に対する賃料相当損害金及び共益費相当損害金の合計額は、一か月金六五万九〇〇〇円である。
4. よって、原告は、被告に対し、所有権に基づき、本件占有物件の明渡を求めるとともに、不法行為による損害賠償請求権に基づき、不法行為後の昭和五九年八月一日から右明渡済に至るまで一か月金六五万九〇〇〇円の割合による賃料並びに共益費相当損害金の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
請求原因1の事実のうち、原告が、かつて本件占有物件を所有していたことは認めるが、現に、本件占有物件を所有していることは争う。
同2の事実は認める。
同3の事実は否認する。
三、抗弁
1. 原告は、昭和五九年七月九日、神菱実業株式会社(以下「訴外会社」という。)との間に、本件占有物件を含む別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物」という。)及びその敷地につき、原告を売主・訴外会社を買主とする売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、同日、訴外会社のために所有権移転登記を経由したから、原告は、本件占有物件に対する所有権を喪失した。
2. 仮に、本件売買契約が、原告主張のとおり詐欺を理由に取消されたとしても、
(一) 被告は、右取消の前である昭和五九年七月二五日、訴外会社から、本件占有物件を賃料一か月合計金五九万九〇〇〇円、期間の定めなしとの約定で賃借してその引渡を受け(以下「本件賃貸借契約」という。)、以来今日に至るまでこれを占有使用している。
(二) 被告は、本件賃貸借契約締結当時、原告主張の詐欺の事実を知らず、訴外会社が本件占有物件の所有者であると信じていた。
(三) よって、被告は、民法九六条三項により、原告に対し、本件賃貸借契約を対抗することができる。
四、抗弁に対する認否
1. 抗弁1の事実のうち、原告が、昭和五九年七月九日、訴外会社との間に本件売買契約を締結し、同日、訴外会社のために所有権移転登記を経由していることは認める。
2. 抗弁2の各事実はいずれも否認する。
被告は、本件建物の所有者が原告であり、訴外会社には本件占有物件を賃貸する権限のないことを知悉していた。
五、再抗弁
1.(一) 原告は、昭和五二年四月ころから、本件占有物件を訴外会社に賃貸していたところ、訴外会社は、昭和五八年ころから自転車操業の状態にあり、昭和五九年六月ころにはその経営資金に窮し、倒産必至の状況にあり、訴外会社の当時の代表取締役金田孝(以下「金田」という。)も莫大な負債を抱えていた。
(二) そこで、金田は、原告所有の本件建物及びその敷地を不法に騙取して、これを銀行に担保提供して多額の融資を受け、多額の金員を不法に取り込むことを企て借入金を返済する意思も能力もなく、銀行からの借入金を原告に交付する意思もないのに、昭和五九年六月ころ、原告の実質的な経営者である松本洋助に対し、本件建物及びその敷地の所有名義を訴外会社に移転してもらえれば、銀行から合計金三億五〇〇〇万円の借入れができ、その借入金のうち金五〇〇〇万円を自ら使用し、金三億円全部についてはこれを原告の方で使用してもよいとの虚偽の事実を申し向け、右松本をして、原告の負債を整理したうえ約金一億円の金員を使用でき、訴外会社に申出をすればいつでも本件建物及びその敷地の所有名義を原告に移転してもらえるものと誤信させ、その結果、原告は、昭和五九年七月九日、訴外会社との間に、本件建物及びその敷地につき本件売買契約を締結し、同日、訴外会社のために所有権移転登記を経由した。
(三) 原告は、昭和六一年六月二七日、訴外会社に対し、金田の詐欺を理由に本件売買契約における売渡の意思表示を取消す旨の意思表示をなし、右意思表示は、同日訴外会社に到達した。
(四) よって、本件建物の所有権は原告に復帰したから、原告は、本件占有物件を現に所有している。
2. 仮に、訴外会社と被告との間に被告主張の本件賃貸借契約が締結されているとしても、
(一) 原告は、前述のとおり、昭和五二年四月ころ、訴外会社に本件占有物件を賃貸し、これを引渡したものであるところ、その賃料及び共益費の合計金額は、昭和五八年一一月一日以降一か月金六五万九〇〇〇円である。
(二) その後、前記1、(二)記載のとおり、本件売買契約により本件建物の所有権がいったん原告から訴外会社へ移転されたが、同1、(三)記載のとおり、本件売買契約が詐欺を理由に取消された結果、本件建物の所有権が遡及的に原告に復帰するとともに、原告と訴外会社との間の本件占有物件に関する前記賃貸借契約も、遡って当初から継続していたことになり、したがって、訴外会社と被告との間の本件賃貸借契約は、原告との関係では転貸借関係になるものというべきである。
(三) しかして、訴外会社は、前述のように本件建物及びそその敷地を不法に騙取してその所有権を主張して争い、しかも昭和五九年七月二五日ころ、原告の承諾もなく、無断で本件(一)物件を被告に転貸し、その後本件(二)ないし(四)物件を無断転貸し、昭和五九年六月一日以降の本件占有物件の賃料及び共益費の支払いをしなかった。
訴外会社のかかる一連の行為は、賃貸人である原告に対する著しい背信行為であり、原告との間の本件占有物件の賃貸借上の信頼関係を完全に破壊するものである。
(四) そこで、原告は、訴外会社に対し、昭和六二年六月二二日付書面をもって、本件占有物件の賃料不払い、本件(一)物件の無断転貸、訴外会社の原告に対する著しい背信行為を理由に、訴外会社との本件占有物件に関する賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右意思表示は、昭和六二年七月三日、訴外会社に到達した。
(五) よって、訴外会社から被告への本件占有物件の転貸は、そもそも原告に無断で行われたものであるし、原告と訴外会社との間の本件占有物件に関する賃貸借契約が解除された以上、被告は、右賃貸借契約に基礎を置く被告の転借権を原告に対抗することができない。
3. 仮に、以上の主張が認められないとしても、株式会社びわこ銀行から原告及び被告を相手に提起された本件占有物件についての短期賃貸借解除請求訴訟において、請求認容判決が確定したことにより、被告主張の本件賃貸借契約は解除された。
六、再抗弁に対する認否
1. 再抗弁1、(一)の事実は知らない。同1、(二)の事実のうち、本件売買契約の締結及び所有権移転登記の経由は認めるが、その余の事実は知らない。同1、(三)の事実は知らない。
2. 同2、(一)の事実は知らない。同2、(二)の主張は争う。同2、(三)(四)の主張事実は知らない。
3. 同3の事実は争う。
七、再々抗弁
仮に、原告の再抗弁が認められるとしても、原告は、本件建物につき所有権登記を備えていないから、被告に対し、本件占有物件の所有権を対抗できない。
八、再々抗弁に対する認否
再々抗弁の主張は争う。
第三、証拠<略>
理由
一、原告が、かつて本件占有物件を所有していたことは、当事者間に争いがない。
二、そこで先ず、原告がその主張の参加人に対する本件占有物件の譲渡前に本件占有物件の所有権を喪失したか否かにつき判断する。
1. 原告が、昭和五九年七月九日、訴外会社との間に本件売買契約を締結し、同日、訴外会社のために所有権移転登記を経由したことは、当事者間に争いがない。
2. しかしながら、右1の事実に、いずれも成立に争いのない甲第二号証、乙第七号証、証人松本洋助の証言により成立を認めうる甲第六号証、証人松本洋助の証言、並びに弁論の全趣旨を総合すると、(1)原告は、昭和五二年四月ころから、本件占有物件を訴外会社に賃貸し、訴外会社は、本件(一)物件においてパチンコ店の営業をしていたこと、(2)ところが、訴外会社の経営状態は悪く、資金繰りに窮していたことから、訴外会社の当時の代表取締役であった金田は、原告所有の本件建物とその敷地及び松本昌蔵所有の建物を騙取し、これを銀行に担保提供して多額の融資を受けることにより、多額の金員を取り込むことを計画したこと、(3)そこで、金田は、銀行からの借入れ金を返済する意思も能力もなく、銀行からの借入金を原告に交付する意思も、いったん訴外会社に所有名義の移転を受けた本件建物等の不動産を原告らに返還する意思もないのに、昭和五九年六月ころ、原告の実質的な経営者である松本洋助(以下「松本」という。)に対し、「前記不動産の所有名義を訴外会社に移転して貰えるならば、これを利用して銀行から合計金三億五〇〇〇万円の借入れができるので、その借入金のうち金五〇〇〇万円を訴外会社が使用し、残り金三億円全部についてはこれを原告の方で使用してもよい。また右不動産の所有名義も、原告らからの請求があり次第、いつでも返還する。」旨虚偽の事実を申し向けたところ、松本は、当時、原告が本件建物及びその敷地について競売開始決定がなされるなど多額の負債を抱えていたことから、右訴外会社の申込みに応ずれば、原告の負債を整理したうえ、約金一億円の金員を使用でき、かつ、訴外会社に申出をすれば、いつでも本件建物及びその敷地等の所有名義を原告に移転して貰えるものと誤信し、その結果、原告は、同年七月九日、訴外会社との間に本件売買契約を締結し、同日、訴外会社のために所有権移転登記を経由したこと、なお、訴外会社は、本件売買契約締結の際、原告に対し、「本件売買契約は架空のものであって、原告に迷惑をかけない。」旨を約した念書を差し入れたこと、(4)訴外会社は、前記不動産につき原告らから所有権移転登記を受けると同時に、これを担保に入れて、銀行等の金融機関から金三億五〇〇〇万円の融資を受けることに成功し、そのうち約金二億円については、松本が本件建物及びその敷地に設定されていた根抵当権等の担保を抹消するために使用したものの、訴外会社は、残りの約金一億円を原告に交付せず、その後、右不動産をさらに担保に入れ、約二億円の融資を受けてこれを手中に納めたうえ、原告らからの所有名義の返還請求に対しても自己の所有権を主張し、これに応じなかったこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
右に認定したところによると、本件売買契約における原告の売渡の意思表示は、訴外会社の代表者であった金田の詐欺に基づいてなされたものであることが明らかであるところ、成立に争いのない甲第四号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和六一年六月二七日、訴外会社に対し、金田の詐欺を理由に本件売買契約における売渡の意思表示を取消す旨の意思表示をなし、右意思表示は、同日訴外会社に到達したことが認められる。
3. そうすると、本件建物、したがって本件占有物件の所有権は、本件売買契約が取消された結果、遡及的に原告に復帰し、原告は、少なくとも平成二年四月一五日まで本件占有物件を所有していたものというべきである。
三、次に、被告が、昭和五九年七月二五日ころから本件占有物件を占有していることは、当事者間に争いがない。
四、そこで進んで、被告が、本件占有物件につき占有権限を有するか否かにつき判断する。
1. いずれも成立に争いのない乙第一、二号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第一一号証、いずれも被告本人尋問の結果により成立を認めうる乙第三号証の一ないし五、証人木下正夫の証言、被告本人尋問の結果を総合すれば、被告は、昭和五九年七月二五日、訴外会社から、本件占有物件を、賃料一か月合計金五九万九〇〇〇円、期間の定めなしとの約定で賃借してその引渡を受け、(「本件賃貸借契約」)、同日以降本件(一)物件においてパチンコ営業を営んでいること、被告は、訴外会社との間に本件賃貸借契約を締結するに当り、本件建物の所有名義が訴外会社にあることを登記簿で確認して、本件占有物件の所有者が訴外会社であると信じ、また、本件建物の所有名義が原告から訴外会社に移転された事情について何ら知らなかったこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証人松本洋助の供述はにわかに信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
しかして、前述のとおり、本件売買契約における原告の売渡の意思表示は、昭和六一年六月二七日、訴外会社の代表者であった金田の詐欺を理由に取消されたものであるところ、右に認定したところによれば、被告は、民法九六条三項の「善意の第三者」に該当することが明らかであるから、原告は、右取消をもって被告には対抗できず、原告は、訴外会社から本件賃貸借契約における賃貸人の地位を承継したものというべきである。
なお、原告は、この点に関し、本件売買契約が詐欺を理由に取消された結果、本件建物の所有権が遡及的に原告に復帰するとともに、原告と訴外会社との間の本件占有物件に関する前記賃貸借契約も遡って当初から継続していたことになり、したがって、訴外会社と被告との間の本件賃貸借契約は、原告との関係では転貸借関係になる旨を主張するが、かかる主張が失当であることは、前記説示に照して多言を要しないところであり、右主張を前提とする原告の再抗弁2の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
2. しかしながら、成立に争いのない甲第一三号証によれば、株式会社びわこ銀行は、昭和六三年に至り、原、被告両名を共同被告として、本件賃貸借契約の解除等を求める短期賃貸借契約解除等請求訴訟を当庁に提起し(当庁昭和六三年(ワ)第六六一号事件)、平成元年三月二九日、「賃貸人を原告、賃借人を被告とする本件賃貸借契約を解除する。」旨の第一審判決が言渡されたことが認められ、一方、被告が、右判決を不服として大阪高等裁判所に控訴したが、同年六月一五日控訴を取下げたため、右第一審判決は同年四月一三日の経過により確定したことは、当裁判所に顕著な事実である。
してみると、前記第一審判決の確定により、右判決の主文どおりの効果が形成された結果、本件賃貸借契約は解除されたものというべきである。
3. したがって、被告は、本件賃貸借契約の解除の効果が発生した平成元年四月一四日以降、本件占有物件を何らの権原なく不法に占有しているものというべく、原告は、被告に対して本件占有物件の不法占有にかかる損害の賠償を求めることができる。
なお、被告は、原告は、本件建物につき所有権登記を備えていないから、被告に対し、本件占有物件の所有権を対抗できない旨を主張するが、被告は、本件占有物件の不法占拠者に外ならず、民法一七七条にいわゆる「登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する者」に該当しないから、右被告の主張は失当である。
五、次に、前掲甲第六号証、証人松本洋助の証言によれば、原告は、昭和五二年四月ころから訴外会社に本件占有物件を賃貸し、その賃料及び共益費の合計金額は、昭和五八年一一月一日以降一か月金六五万九〇〇〇円であったことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
そうすると、本件占有物件に対する賃料相当損害金及び共益費相当損害金の合計額は、一か月金六五万九〇〇〇円を下らないものというべきである。
六、結語
以上に説示のとおりであって、原告の本訴請求は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、不法行為後の平成元年四月一四日から平成二年四月一五日まで一か月金六五万九〇〇〇円の割合による賃料並びに共益費相当損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度で請求を認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却すべきものである。訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用し、主文第一項中建物の明渡を命ずる部分につき仮執行の宣言を付するのは相当でないので、これを付さないこととして、主文のとおり判決する。
物件目録
一 本件建物
(一棟の建物の表示)
神戸市兵庫区羽坂通三丁目一番地四、同一番地二、同一番地七、同一番地八、同一番地、同一番地六、同一番地一二(換地先 兵庫地区兵庫駅前換地区五街区一号地、二号地)
鉄筋コンクリート軽量鉄骨造陸屋根六階建
床面積 一階 二一三・一三m2
二階 二一三・五一m2
三階 二三三・二二m2
四階 二三三・二二m2
五階 二三三・二二m2
六階 一三三・二五m2
(専有部分の建物の表示)
家屋番号 羽坂通三丁目一番四の二
鉄筋コンクリート造陸屋根六階建
店舗共同住宅
床面積 一階 二一三・一三m2
二階 二一三・五一m2
三階 二三三・二二m2
四階 二三三・二二m2
五階 二三三・二二m2
六階 六八・九二m2
二 本件占有物件
右一のうち
(一) 一階店舗部分 約二一五・九m2
(二) 三階三〇六号室 約四〇・二m2
(三) 五階五〇〇号室 約七九・七m2
(四) 五階五〇二号室 約二六・五m2